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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)84号 判決 1997年12月12日

原告 竹井住宅産業株式会社

被告 東京国税局長

代理人 小濱浩庸 内田健文 ほか二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告が原告に対して平成七年二月二八日付けでした、昭和六一年六月一日から昭和六二年五月三一日まで、同年六月一日から昭和六三年五月三一日まで、同年六月一日から平成元年五月三一日まで及び同年六月一日から平成二年五月三一日までの各事業年度の法人税に係る過納金一億三三七八万六九〇〇円の充当処分を取り消す。

二  被告

(本案前の答弁)

本件訴えを却下する。

(本案の答弁)

原告の請求を棄却する。

第二事案の概要

一  本件は、被告が、武蔵府中税務署長から、原告の有する法人税に係る過納金について還付の引継ぎ及び原告が滞納している法人税の徴収の引継ぎを受け、右過納金を還付に代えて右法人税に充当した(以下「本件充当処分」という。)のに対し、原告が、右過納金請求権を、その発生前に第三者であるティー・イー・エレクトロニクス・インク(以下「ティー・イー社」という。)に対し譲渡し、その旨同税務署長に通知しているから、本件充当処分は、充当の要件を満たさず違法であるとして、その取消しを求めるものである。

二  本件の前提となる事実関係は、次のとおりである(証拠により認定した事実は、その末尾に証拠を掲げた。その余の事実は、当事者間に争いがない。)。

1  本件滞納国税の発生

原告は、平成四年四月一日から平成五年三月三一日までの事業年度の法人税につき、納付すべき税額を二億〇七五二万七二〇〇円として法定申告期限内に武蔵府中税務署長に確定申告したが、納付すべき税額を、法定納期限である事業年度の終了の日から二月を経過する日(平成五年五月三一日)までに納付しなかった(以下、右納付すべき法人税を「本件滞納国税」という。)。

2  本件過納金の発生

(一) 原告は、平成四年五月一日、アメリカ法人であるタンディ・インターナショナル・エレクトロニクス・インク社(平成五年一月二五日、商号をティー・イー・エレクトロニクス・コーポレーションに変更し、同年三月二五日、ティー・イー社に吸収合併された。)との間で、同社から、その一〇〇パーセント子会社である株式会社ケー・アンド・ケー(以下「ケー・アンド・ケー社」という。)の株式全部を買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。(<証拠略>)。

(二) ところで、ケー・アンド・ケー社はその昭和六一年六月一日から昭和六二年五月三一日まで及び同年六月一日から昭和六三年五月三一日までの各事業年度(以下「昭和六二年五月期」及び「昭和六三年五月期」という。)の法人税額につき新宿税務署長によりなされた更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分に関し、日本国とアメリカ合衆国の権限ある当局相互の協議を申し立てており、また、その昭和六三年六月一日から平成元年五月三一日まで及び同年六月一日から平成二年五月三一日までの各事業年度(以下「平成元年五月期」及び「平成二年五月期」という。)の法人税額につき同税務署長によりなされた更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分につき同様に日本国とアメリカ合衆国の権限ある当局相互の協議を申し立てる予定であったため、将来ケー・アンド・ケー社が納付した昭和六二年五月期ないし平成二年五月期の各期の法人税について過納金の還付を受けることが予想された(<証拠略>)。

そこで、本件売買契約において、将来ケー・アンド・ケー社が過納金の還付を受けた場合には、原告は当該過納金をティー・イー社に支払うことが合意された(<証拠略>)。

(三) 平成四年七月二四日、原告はケー・アンド・ケー社を吸収合併した(<証拠略>)。

(四) 平成六年一二月、右相互協議が成立したのを受けて、武蔵府中税務署長は、平成七年二月一〇日付けで、原告に係る昭和六二年五月期ないし平成二年五月期の各期の法人税について減額の更正処分(以下「本件各更正処分」という。)を行い、別表のとおり、過納金が合計一億三三七八万六九〇〇円(以下「本件過納金」という。)発生した。

3  本件過納金請求権の譲渡及びその通知

(一) 平成七年一月九日、前記相互協議の結果に基づき本件各更正処分がされて原告に過納金請求権(以下「本件過納金請求権」という。)が発生する見込みになったことから、原告は、右2(二)の合意に基づく義務を履行するため、ティー・イー社との間で、将来発生する本件過納金請求権を同社に譲渡する旨の契約(以下「本件債権譲渡契約」という。)を締結した(<証拠略>)。

(二) 原告は、武蔵府中税務署長に対し、平成七年一月九日付けの内容証明郵便をもって、本件債権譲渡の事実を通知した。

4  本件充当処分

(一) 徴収及び過納金の引継ぎ

被告は、武蔵府中税務署長から、国税通則法(以下「通則法」という。)四三条三項の規定に基づき、本件滞納国税について徴収の引継ぎを受けた上、同法五六条の規定に基づき、平成七年二月二八日付けで本件過納金について還付の引継ぎを受けた。

(二) 被告は、平成七年二月二八日付けで、本件過納金の還付に代えて、これを本件滞納国税に充当する旨の本件充当処分を行った。

5  審査請求

原告は、本件充当処分を不服として、平成七年四月六日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は、原告は本件充当処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しないとし、平成八年二月一三日付けでこれを不適法として却下する旨の裁決をした。

三  争点及びこれに対する当事者の主張

本件の争点は、(1) 原告は、本件充当処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するか否か、(2) 本件債権譲渡の通知に後れてなされた本件充当処分が適法か否かであり、これらの点に関する当事者双方の主張の要旨は、それぞれ以下のとおりである。

1  原告は本件充当処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するか否かについて

(被告の主張)

(一) 行政処分の取消訴訟は、取消判決の効力によって当該処分の法的効果を遡及的に失わしめ、処分の法的効果として生じた個人の権利利益に対する侵害状態を解消させ、その権利利益の回復を図ることを目的とするものであるから、当該処分を取り消しても原告の権利利益が回復される可能性がないときは、その取消しを求めるにつき法律上の利益はないものというべきである。

(二) 本件では、原告の主張によれば、本件充当処分の当時、原告は、本件過納金請求権を既にティー・イー社に譲渡しており、本件過納金請求権を有していなかったというのであるから、本件充当処分が取り消されたとしても、何ら原告の権利利益に消長を来すものではなく、かえって、原告は、本件充当処分によって本件過納金額が自己の滞納国税に充当されるという利益を受けているのである。

したがって、原告が、本件充当処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有していないことは明らかであるから、本件訴えは不適法である。

(三) 原告は、本件充当処分により、本件債権譲渡契約に基づく原告のティー・イー社に対する債務の履行が妨げられることになること等を根拠として、原告は本件充当処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する旨主張する。

しかしながら、本件債権譲渡契約の当時、原告には本件滞納国税があり、本件各更正処分によって発生する本件過納金が本件滞納国税に充当されることは、すでに明らかであったのであるから、ティー・イー社から債務不履行に基づく損害賠償責任等を追及されるおそれがあるという原告の状況は、本件債権譲渡契約当時から生じていたのであり、本件充当処分は、何ら原告の権利利益に消長を来すものではない。

(四) 本件充当処分は、原告とティー・イー社との間で本件過納金請求権が原告に帰属することを前提とするものではなく、被告において、原告は本件過納金請求権を譲渡した者であるから、本件充当処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しないと主張することは、本件充当処分をしたことと何ら矛盾するものではない。被告の本案前の主張が訴訟上の信義則に反するとする原告の主張は失当である。

(原告の主張)

(一) 原告は、本件債権譲渡契約に基づき、本件過納金請求権をティー・イー社に有効に帰属させる債務を負っているから、本件充当処分がされたために本件過納金請求権をティー・イー社に有効に帰属させることができないこととなれば、原告はティー・イー社から債権譲渡契約違反の責任、瑕疵担保責任を追及され、不当利得の返還を請求され、あるいは、本件売買契約に基づいて本件過納金相当額の支払を請求されることとなる。

したがって、原告は本件充当処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する。

(二) 通則法五七条一項は、還付を受けるべき者と充当されるべき国税を滞納している者とが同一であることを充当処分の要件としているから、本件充当処分が有効であるためには、還付を受けるべき者が原告であることが前提となるはずである。被告は、かかる前提に立って本件充当処分をしておきながら、この前提と相容れない原告が本件過納金請求権を譲渡した事実を取り上げて、原告には本件充当処分の取消しを求めるにつき法律上の利益がないと主張しているが、このような主張は自己矛盾の主張であって訴訟上の信義則に反する。

(三) 被告の主張によると、本件充当処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するのは、原告ではなく本件過納金請求権の譲渡を受けたティー・イー社にあることになるが、本件充当処分の名宛人ではない同社が本件充当処分の取消訴訟を起こすのは、右処分の内容が同社にとって不明であることから不可能を強いるものである。のみならず、ティー・イー社は本件充当処分の名宛人ではないから、同社が本件充当処分の原告適格を認められるかどうかは不明であり、場合によっては、原告もティー・イー社も取消訴訟を起こすことができないということにもなりかねない。そうなれば、国民の裁判を受ける権利が侵害され、違法な行政処分が放置されることとなる。

したがって、原告が本件充当処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有することを認め、紛争の本質的な解決を図るべきである。

2  本件債権譲渡の通知に後れてなされた本件充当処分は適法か否かについて

(被告の主張)

(一) 通則法五七条一項が、「国税局長は、還付金等がある場合において、その還付を受けるべき者につき納付すべきこととなっている国税があるときは、……還付金等をその国税に充当しなければならない。」と規定していることから明らかなように、充当処分は、還付金等の請求権と国税債権とが対立している場合に、その両者を対当額において消滅させる相殺類似の処分である。そして、両債権が対立したとき、すなわち、還付金等が生じた時と充当に係る滞納国税の法定の納期限(通則法施行令二三条一項各号に掲げる国税については当該各号に定める時)とのいずれか遅い時に充当適状となる(通則法施行令二三条)。

本件滞納国税の法定納期限は一番遅いもので平成五年七月三一日(申告に係る本税額二億〇七五二万七二〇〇円。ただし、平成七年二月一〇日の本税残額は一億八九九四万二九〇〇円。)であり、他方、本件過納金請求権は、平成七年二月一〇日付けでされた本件各更正処分によって発生したものであるから、本件滞納国税債権と本件過納金請求権との間に充当適状が生じたのは、それらのうち遅い方である本件各更正処分がされた時点である。

(二) 前記(一)のとおり、本件においては、充当適状が生じたのは本件各更正処分時であり、本件債権譲渡契約がされ、その旨の通知がされた後であるから、国が本件充当処分をもって本件過納金請求権の譲受人に対抗することができるかどうかが問題となるが、以下に述べるとおり、国は本件充当処分をもって本件過納金請求権の譲受人に対抗することができるから、本件充当処分は適法である。

(1) 債権譲渡契約は、現に発生している債権のみならず、将来発生する債権についてもこれを特定して行うことができるが、将来発生する債権につき譲渡契約が締結されたとしても、譲渡の対象となる債権は、譲渡契約の時にはいまだ存在しないものであるから、債権譲渡の効力が発生するのは、当該債権が現実に発生した時点以降である。

原告は、平成七年一月九日、武蔵府中税務署長に対し、同日付けの内容証明郵便をもって本件債権譲渡の事実を通知したが、この時点ではいまだ本件過納金請求権は具体的に発生しておらず、平成七年二月一〇日付けでされた本件各更正処分によって初めて右請求権が具体的に発生したのであるから、本件債権譲渡の効力が生じたのは、本件各更正処分がされた時点以降であるというべきである。

(2) また、債権譲渡の通知は観念の通知であり、意思表示に関する規定が類推適用されるから、通知自体は、その到達によって効力を生じるのであるが、観念の通知とは、法が特に通知に一定の法的効果を付与するものであるから、かかる法的効果が付与されるためには、これを発生させるに足りる法的基礎が存在することが前提となる。

将来発生する債権につき譲渡契約が締結され、これについて債務者に対し通知がされた場合、譲渡の対象となる債権は、譲渡契約の当時にはいまだ存在せず、債権が具体的、確定的に発生して初めて譲渡の効力が発生するものであり、そのため、譲受人も、当該債権が現実に発生するまでは、債務者に対し、当該債権を譲り受けたことを主張することができないのであって、このことからすれば、右通知の対抗要件としての効力は、当該債権が具体的、確定的に成立し、譲渡の効力が確定的に発生したときに初めて発生するものというべきである。

(3) ところで、民法四六八条二項は、指名債権の譲渡人が譲渡の通知をしたに止まるときは、債務者は、「通知ヲ受クルマテニ譲渡人ニ対シテ生シタル事由」をもって、譲受人に対抗できる旨規定しているが、同項にいう「通知」とは、同法四六七条一項にいう「通知」と同義である、すなわち、指名債権譲渡の対抗要件となる通知を意味するものである。右(1)、(2)に記載したとおり、将来発生する債権の譲渡の場合には、具体的かつ確定的に当該債権が発生したときに債権譲渡の効力が生ずるとともに、対抗要件たる通知の効力も発生するのであり、それ以前に債権譲渡の通知が債務者に到達していたとしても、債権が具体的に発生し、通知に対抗要件としての効力が生じるまでに生じた事由をもって債務者は譲受人に対抗できるものと解すべきであるから、将来発生する債権の譲渡につき当該債権発生前に通知がされている場合には、民法四八六条(編注・四六八条の誤りか)二項の適用に当たっては、同項の「通知ヲ受クルマテニ」は「通知に対抗要件としての効力が生ずるまでに」と読み替えるべきである。

(4) 本件では、本件過納金請求権の譲渡による移転を観念しうるのは、同請求権がいったん発生した後のことであり、発生と同時点での譲渡による移転を観念することはできないから、厳密にいうと、本件債権譲渡の効力が発生するのは、本件過納金請求権が発生した後でなければならない。そうすると、本件過納金請求権と本件滞納国税とが充当適状となったのは、本件債権譲渡の効力が発生し、かつ、その対抗要件である通知の効力が発生する前ということになるから、この充当適状の成立は、民法四六八条二項の「通知ヲ受クルマテニ譲渡人ニ対シテ生シタル事由」に当たるものである。

したがって、本件過納金請求権には、同請求権が現実に発生した時点で国税債権との間において充当適状を生じ、国税局長等による充当という徴収権能が行使されるとの負担が付着したものであり、その負担も一体となって右請求権が移転したのであるから、被告は、右請求権が本件債権譲渡によってティー・イー社に移転していたとしても、これを原告の本件滞納国税に充当することをもって譲受人たるティー・イー社に対抗することができるというべきである。

また、仮に、充当適状と本件債権譲渡の効力とが同時に生じたものとしても、「通知ヲ受クルマテニ」に同時の場合が含まれることは文理上当然であるから、被告が、本件過納金請求権を本件滞納国税に充当することをもって譲受人たるティー・イー社に対抗することができることに変わりはない。

(5) さらに、仮に、将来発生する債権の譲渡の場合においても、民法四六八条二項の「通知ヲ受クルマテニ」を文言どおりに解釈し、債務者が債権の譲受人に対抗できる事由を通知の到達時点までに譲渡人に対して生じた事由に限定するとしても、以下に述べるとおり、被告は、本件過納金請求権を本件滞納国税に充当することをもって譲受人たるティー・イー社に対抗することができるというべきである。

すなわち、充当は、ア 還付金等の請求権と国税債権とは互いに裏腹の関係にあり、この両者が対立している場合には、相互に請求し、履行し合うことの不便が特に顕著であることから、債権債務関係を簡易に決済し、もって両者の債権債務関係を円滑かつ公平に処理することを目的とする制度であること、イ 還付金等を有する者の資力が不十分な場合においても、国税について納付を受けたのと同様の効果が生ずる点において、還付金等の請求権につきあたかも担保権を有するにも似た地位を国に与える機能を営むことの二点において、相殺制度と同様の目的及び機能を営むということができる。しかも、還付金等の充当は、国税局長等のみが行うことができ、納税者の側からこれを行うことができないこと、法定の要件に該当する場合には、国税局長等は、必ずこれを行わなければならない(通則法五七条一項)という点において、相殺制度とは異なっており、国民の納税義務の適正かつ円滑な履行に資するために国税局長等に与えられた権能ということができるから、右イの機能を営ませるという要請は、相殺制度の場合以上に働くものである。

そして、債権譲渡について通知がされたに止まるときは、債務者は通知を受けるまでに譲渡人に生じた事由を譲受人に対抗できるとされている(民法四六八条二項)のは、債権譲渡が、本来譲渡の対象たる債権の同一性を保持しつつ他に移転するものであり、債権に付着する負担ないし抗弁事由も債権と一体となって移転すべきものであること、実質的に考えても、債務者の意思に関係なく行われる債権譲渡において、債務者の地位が譲渡前より不利益になることは不合理であるから、これを防止する必要があることによるものと考えられる。

かかる見地からすると、国税を滞納している者について近い将来還付金等の請求権が発生する見込みが存する場合には、その将来発生する債権たる還付金等の請求権を受働債権とする充当への合理的期待は保護されるべきものと解され、滞納国税が既に発生しているにもかかわらず、滞納者のみが右将来発生する請求権を譲渡することによって一方的に充当処分を免れ得るというのは著しく不合理である。

したがって、譲渡の対象となっている将来発生する債権たる還付金等の請求権は、右請求権が具体的に発生した時点で充当適状を生ずるとの一種の負担が付着し、その負担も一体となって譲受人に移転するものであり、国税局長等が、将来発生する還付金等の請求権について譲渡の通知を受けた時点において、還付金等の請求権を有する納税者に納付すべき国税が存在しているときには、これをもって、民法四六八条二項にいう「通知ヲ受クルマテニ譲渡人ニ対シテ生シタル事由」に当たるものとして、譲受人に対抗することができると解すべきである。

本件では、本件債権譲渡について通知がされた時よりも前に原告の本件滞納国税が発生していたのであるから、本件滞納国税の存在は、民法四六八条二項にいう「通知ヲ受クルマテニ譲渡人ニ対シテ生シタル事由」に当たるものであり、本件債権譲渡の対象である将来原告に発生する過納金請求権は、同請求権が現実に発生した時点で国税債権との間において充当適状を生じ、国税局長等による充当という徴収権能が行使されるとの負担が付着していたものであり、その負担も一体となって右請求権が移転したものということができる。

そうすると、被告は、本件過納金請求権が本件債権譲渡によってティー・イー社に移転していたとしても、これを原告の本件滞納国税に充当することをもって譲受人たるティー・イー社に対抗することができるというべきである。

(原告の主張)

(一) 被告は、民法四六八条二項にいう「通知ヲ受クルマテニ」を「通知に対抗要件としての効力が生ずるまでに」と読み替えるべきであると主張するが、そのように読み替えるべき理由はなく、かつ、文理に反する解釈であって妥当ではない。

民法四六八条二項が「通知ヲ受クルマテニ」とした趣旨は、債務者が債権譲渡の通知を受けた場合であっても、通知を受ける以前の事由(例えば、弁済による債権の消滅)を譲受人に対し主張できるものとして債務者の抗弁権を一方的に奪うことのないようにしたものであり、同項は通知に対抗力の具備までは求めていないから、文字どおり「通知を受けるまでに」と解すべきである。

(二) また、仮に民法四六八条二項にいう「通知ヲ受クルマテニ」を「通知に対抗要件としての効力が生ずるまでに」と読み替えるべきであるとしても、債権譲渡の通知は事実の通知又は観念の通知であり、債権移転の法律上の効果を通知するものではなく、その効力の発生時期については民法九七条が準用される。したがって、債権譲渡の通知が相手方に到達した時に、債務者に対し自らが権利者であることを主張するための対抗要件としての効力が生じると解すべきである。

被告は、債権譲渡の通知の効力は、当該債権が具体的に成立し、譲渡の効力が確定的に発生したときに初めて発生する旨主張するが、そのように解すると、将来発生する債権を二重に譲渡した場合に、債権譲渡の通知が到達した日の前後によりその優先関係を決定することができなくなるという不当な結果が生じる。しかも、そもそも民法四六七条が、債務者に対する通知又は債務者の承諾をもって債権譲渡の対抗要件とした趣旨は、債権譲渡の債務者をしてインフォメーション・センターの役割を果たさせようとするものであるから、一定の条件の下に将来発生する債権を譲渡したときは、債権譲渡の効力が生ずる時期以前においても対抗要件の具備という概念は措定されるべきである。

被告の主張は、債務者対抗要件の効力発生時期と、債務者に対する債権を請求する時期とを混同するものであり、妥当でない。

(三) 被告は、充当処分は、相殺制度と同様に、還付金等の請求権につきあたかも担保権が設定されたのと同様の機能を営ませる趣旨のものである旨主張するが、通則法は、納税者が相殺することのみならず、国側が相殺することも原則として禁止している(同法一二二条)のであって、右被告の主張は、相殺と充当との相違をまったく看過するものである。充当の制度趣旨は、相互に請求し、履行し合うことの不便を避けることにあり、還付金等の請求権につきあたかも担保権が設定されたのと同様の機能を営ませるためのものではない。

そして、将来発生する還付金等の請求権を譲渡し、その旨通知をしたとしても、右通知の時点においてはいまだ還付金等の請求権は発生していないから、相互に請求し履行し合うことの不便は生じていないし、私法上の取引関係とは異なり、国は、充当の担保的機能を信頼して取引に入りその結果国税債権が発生したという関係にはないから、国側には民法四六八条二項が保護する利益は存在しないというべきである。

したがって、充当に相殺と同様の担保的機能を営ませるべき理由はないのである。

(四) さらに、本件各更正処分によって、当初の更正処分は一部効力を失い、当初の更正処分に係る所得税額のうち本件各更正処分により減額された部分は、国にとって遡って「法律上の原因」を欠く利得となるから、仮に、被告の主張するように、将来発生する債権の譲渡の通知の対抗力が債権発生時に生ずるとの立場に立ったとしても、本件債権譲渡契約及び本件債権譲渡の通知については、法律上は、本件各更正処分により、本件債権譲渡の通知の到達時に遡って効力を生ずるといえるので、結論は変わらないのである。

(五) 以上のとおり、被告の主張はいずれも理由がなく、国は、本件充当処分をもって、本件過納金請求権の譲渡を受けたティー・イー社に対抗することはできないものであるから、本件充当処分は違法である。

第三争点についての判断

一  原告に本件充当処分の取消しを求めるにつき法律上の利益があるか否かについて

被告は、本件充当処分の当時、原告は本件過納金請求権を既にティー・イー社に譲渡していたのであるから、本件充当処分が取り消されたとしても、何ら原告の権利利益に消長を来すものではなく、かえって、原告は、本件充当処分によって本件過納金額が自己の滞納国税に充当されるという利益を受けているとして、原告は、本件充当処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有していない旨主張する。

しかしながら、充当は、国税局長等が、行政機関としての立場から法定の要件の下に一方的に行う行為であり、それによって国民の法律上の地位に直接影響を及ぼすものであって、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると解されるところ(最高裁平成五年(行ツ)第二二号平成六年四月一九第三小法廷判決・判例時報一五一三号九四頁)、原告は、本件充当処分の名宛人であり、右処分により法律上の地位に影響を受ける者として、本件充当処分がない状態を回復する法律上の利益を有するというべきである。

原告は、既に本件過納金請求権を本件債権譲渡契約によりティー・イー社に譲渡しているが、原告は、本件充当処分により右債権譲渡契約の履行ができなければ、ティー・イー社から債務不履行等の法的責任を追及されるおそれがあるから、かかる不安定な地位を解消するため、本件充当処分の取消しを求める利益を有するといえるし、また、ティー・イー社が国に対し直接本件過納金の請求をし、同時に本件充当処分の効力の有無を争うことができるとしても、原告自身においても本件充当処分の名宛人として、右債権譲渡契約に基づく債務の履行を完了させるなどのため、その取消しを求める利益を認められてしかるべきであると考えられるのであって、原告が本件過納金請求権を譲渡しているからといって、本件充当処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しないということはできない。

なお、前記第二の二記載のとおり、国税不服審判所長は、原告は、本件充当処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しないとし、原告のした審査請求を不適法として却下しているが、原告が本件充当処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するものであることは、右に説示したとおりであるから、右審査請求を却下した裁決は違法であり、したがって、本件訴えは、審査請求に対する裁決を経たものとみるべきである。

二  本件債権譲渡の通知に遅れてされた本件充当処分が適法かどうかについて

1  通則法五七条一項は、「国税局長は、還付金等がある場合において、その還付を受けるべき者につき納付すべきこととなっている国税があるときは、前条第一項の規定による還付に代えて、還付金等をその国税に充当しなければならない。」と規定し、また、同条二項は「前項の規定による充当があった場合には、政令で定める充当をするのに適することとなった時に、その充当をした還付金等に相当する額の国税の納付があったものとみなす。」と規定しており、これを受けて、通則法施行令二三条一項は、右の充当に適することとなった時は、充当に係る国税の法定納期限(同項各号に掲げる国税(延滞税及び利子税を除く。)については、当該各号に定める時とし、その国税に係る延滞税及び利子税については、その納付又は徴収の基因となった国税に係る当該各号に掲げる時とする。)と還付金等が生じた時のいずれか遅い時とする旨定めている。

国税の納付・徴収や還付は、多数の納税者との間で大量に発生する事務であり、所管を異にする多種の反対債権が想定されるところから、これらの反対債権との間の相殺を自由に認めるならば、納税事務に混乱を生じさせるだけでなく、納税者にも不利益を与えかねないから、通則法一二二条は、国税と国に対する債権で金銭の給付を目的とするものとの間又は還付金等に係る債権と国に対する債務で金銭の給付を目的とするものとの間での相殺を原則として禁止しているが、一方において、還付金等の請求権と国税債権とは互いに裏腹の関係にあり、この両者が対立している場合には、相互に請求し、履行し合うことの不便が顕著であり、かつ、税務官庁が所定の手続により相殺類似の処分をすることを制限すべき理由はないことから、通則法は、五六条の規定をもって、債権の一般的清算方法としての民法上の相殺と類似の機能を営ませるべく充当の制度を設け、充当は充当適状を生じた時に効力を生ずることとしたものであると解される。

2  本件滞納国税の法定納期限は一番遅いもので平成五年七月三一日(申告に係る本税額二億〇七五二万七二〇〇円。ただし、平成七年二月一〇日の本税残額は一億八九九四万二九〇〇円。)であり、他方、本件過納金請求権は、平成七年二月一〇日付けでされた本件各更正処分によって具体的に発生したものであるから、本件滞納国税債権と本件過納金請求権の間に充当適状が生じたのは、右法定納期限と本件各更正処分とのうち遅い方である本件各更正処分がされた時点においてであるところ、右充当適状が生じた時は原告の武蔵府中税務署長に対する本件債権譲渡の通知が到達した平成七年一月九日ころより後であるので、国は本件充当処分をもって本件過納金請求権の譲受人であるティー・イー社に対抗できるかどうかが問題になる。そこで、以下この点について検討を加える。

なお、原告は、本件各更正処分によって、当初の更正処分は一部効力を失い、当初の更正処分に係る所得税額のうち本件各更正処分により減額された部分は、国にとって遡って「法律上の原因」を欠く利得となるといい、あたかも本件過納金請求権が当初の更正処分時に遡って生ずるかのように主張するが、本件減額更正処分により発生した過納金は、不当利得金の性質を有するが、本件各更正処分がされるまでは当初の更正処分は有効なものとして取り扱われるのであって、本件過納金請求権が発生したのはあくまでも本件各更正処分時であると解される。

(一) 債権譲渡は債権につきその同一性を保ちながらその帰属主体の変更をもたらすものであり、それ以上の効力を有するものではない。また、債権譲渡は自由であるが、債務者が知らない間に譲渡がされることにより債務者が不利益な立場に立たされることのないよう保障される必要がある。そこで、民法四六八条二項は、「譲渡人カ譲渡ノ通知ヲ為シタルニ止マルトキハ債務者ハ其通知ヲ受クルマテニ譲渡人ニ対シテ生シタル事由ヲ以テ譲受人ニ対抗スルコトヲ得」と規定し、債権は、譲渡によって、その同一性を変えることなく譲受人に移転すること、すなわち、債権に瑕疵ないし抗弁事由が付着していた場合、当該債権はそれらが付着したまま譲受人に移転することを明らかにし、さらに、債務者は、債権譲渡後その譲渡の通知を受けるまでに当該債権について生じた事由をも譲受人に対抗することができる旨を定め、債務者が債権譲渡により、譲渡前よりも不利益な立場に立たされることのないように配慮しているものと解される。そして、債権譲渡に係る債権が国に対する債権である場合に、右規定の適用を排除すべき理由は何もない。

ところで、本件債権譲渡契約のように将来発生する債権につき譲渡契約が締結された場合において、譲渡の対象となる債権は、譲渡契約の当時にはいまだ存在しないものであるから、右契約に基づき債権譲渡の効力が生ずるのは、当該債権が現実に発生した時であると解される。したがって、当該債権が現実に発生する前に債権譲渡の通知がされたときは、当該債権が発生して債権譲渡の効力が生ずるのは右通知後となるが、民法四六八条二項の規定は、既発生の債権の譲渡がされそれ以後に通知がされる通常の場合を想定したものであるから、将来発生する債権につき債権譲渡がされた場合については、右規定の趣旨に沿うように一定の修正を加えてこれを適用するのが相当である。すなわち、右債権譲渡契約に基づき債権譲渡の効力が生じるのは右のとおり当該債権が発生した時であるから、債務者が債権譲渡により、譲渡前より不利益な立場に立たされないことを保障するという右規定の趣旨からすれば、右のような事例の場合、右規定にいう「通知ヲ受クルマテニ」は「通知後債権譲渡の効力が発生するまでに」と読み替えて適用されるべきであり、債権にその発生時点で瑕疵ないし抗弁事由が付着していた場合、当該債権はそれらが付着したまま譲受人に移転し、債務者は右瑕疵ないし抗弁事由をもって譲受人に対抗することができるものと解するのが相当である。なお、将来発生する債権の譲受人は、当該債権が現実に発生した時点でこれに瑕疵ないし抗弁事由が付着している危険があることを考慮した上で取引関係に入るのが常識であり、右のように解しても、右譲受人に不当な不利益を強いることにはならないというべきである。

右の解釈に反する原告の主張は、いずれも採用することができない。

(二) 本件についてみると、前述したとおり、本件過納金請求権は平成六年二月一〇日付けでされた本件各更正処分により発生し、これにより、本件債権譲渡契約の効力が発生したものであるが、一方、本件過納金請求権は発生と同時に本件滞納国税債権との間で充当適状を生じたのであるから、本件過納金請求権は充当適状の事由が付着した状態でティー・イー社に移転したものとみるべきである。

そして、前示のとおり、充当処分は、充当適状の時に遡及してその効力を生ずるものというべきところ、将来発生する債権の譲渡契約がされた場合において、債権譲渡の通知が当該債権の発生前にされているときに、国が充当処分をもって債権の譲受人に対抗するには、充当処分が債権譲渡の効力が生ずる時までにされている必要はなく、少なくとも充当適状が右譲渡の効力が生ずる時までに生じていれば足りるものと解されるから、国は、本件充当をもって本件過納金請求権の譲受人に対抗することができるものというべきであり、したがって、本件充当処分に違法はない。

三  結語

以上の次第で、本件充当処分に違法はなく、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 青柳馨 増田稔 篠田賢治)

別表

事業年度

本税

加算税

延滞税

還付加算金

本件過納金

昭和62年

5月期

16,088,100円

1,509,000円

7,529,600円

26,333,500円

1,206,800

昭和63年

5月期

33,580,400

5,036,500

16,461,500

57,583,500

2,505,100

平成元年

5月期

7,862,000

1,180,000

1,773,200

11,438,500

623,300

平成2年

5月期

27,537,600

2,754,000

5,958,600

38,431,400

2,181,200

合計

85,068,100

10,479,500

31,722,900

133,786,900

6,516,100

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